あきらめたほうが上手くいくこともあるんじゃない?

夢や目標があるなら、あきらめちゃダメだってたくさんの人が言う。あきらめなければ、叶うチャンスがあると。

でも、私は全てがそうじゃない気がする。どうしても上手くいかないなら、一度あきらめてみるのもアリなんじゃないかと。少し離れてみて初めて、上手くいかなかった原因が見えてくることもあると思うんだ。

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私の人生最大の「あきらめ」

私は今までの30年ちょっとの人生で、大きな「あきらめごと」をしたことがある。それは、「うつ病を治す」ということだ。

薬の飲み過ぎもあったかもしれないけれど、なかなか良くならなかったうつ病。どうにか良くなりたい、周りと同じレベルで生活をしたいとずっと思っていたけれど、そう思えば思うほど空回りしていた数年間だった。どうしてうまくいかないのか悩んでもがいて、余計に苦しくなって。もう疲れたな…と思ったときにふと思った。「良くなる」ということにこだわらなくてもいいんじゃないか、と。

完全に治すということは、もしかしたら無理かもしれない。だったら、薬を飲みながら通院をしながらでも、安定して暮らせればそれでいいじゃないか。完全に薬をやめること、病院のお世話にならないことを目標にしなくても、私らしく生活していく方法はあるんじゃないかと思い、徐々に「うつ病を治す」ことへのこだわりをなくしていった。おそらくその頃なんじゃないかと思う、症状も安定していったのは。

 

結果的に症状が落ち着いていったので、薬も徐々に減らしていくことができて、今はうつ病は寛解状態だ。病気を良くするという強いこだわりをあきらめて、人生を良くするというところに意識をフォーカスしたら事態は好転した。この経験から、あきらめるということも場合によってはアリなんじゃないかと私は思っている。

 

大きな軸はブラさない

うつ病を治すということはあきらめた私。でも、本当に目指していた大きな軸になる部分はあきらめていなかった。それは、「自分らしくより良く暮らす」ということ。泣いてばかりじゃない、楽しい生活を送りたいという希望だ。

 

それを叶えるためには、うつを乗り越えることが必須だと思っていた。こんな病気があったら、絶対に幸せになんかなれないと。でも、よく考えたら隣には夫がいて、贅沢はできないけどちゃんと生活することができて、それだけでも十分じゃないか。うつを治そうと苦しむよりも、今あるもので十分幸せなはず。ゆっくりのんびりくらして、うつ病をは上手く付き合っていけばいい。その方が、ずっといい暮らしができるんじゃないか。そんな発想の転換が私を良い方向へ導いてくれた。

方法は変わったけれど、「自分らしくよりよく暮らす」という目的は変わっていない。そして気がついたら、うつ病を克服したいというあの時の願いも叶えてしまっていた。私があきらめたのはひとつの選択肢だけ。今から思えばこんな小さな決断(当時は大きな決断だったけど)で、人生は良い方向へ変わっていくのだ。あのとき、もうちょっと早く気づいていればな、と思う。

 

大きな目標を達成するのに、方法はひとつしかないとは限らない。それにこだわるがあまりに視界が狭くなって、行動も小さくなってしまうことにもなるかもしれない。上手くいかないなと思ったら、いったんその方法はあきらめる。それもひとつの選択肢だと思う。

 

今日のまとめ

大きな目的(私の場合はよりよく生きること)もあきらめてしまったら、私の人生そのものが終わってしまっていたと思う。うつを治すことで幸せになろうとすることをあきらめて、上手く付き合いながら幸せになろうとしたら、結果的にうつも乗り越えることができた。

ものの見方を変える、選択肢を変える、立つ位置を変える。今こだわっているものをちょっとだけあきらめて別の方法にしてみると、意外とその方がうまくいくかもしれない。私のうつ病に限らず、そういうことは多いんじゃないかなと思う。

行き詰まったら、ちょっとあきらめて離れてみるのもいいかもね。

 

 

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この記事を書いた人

ayako0420

当ブログの管理人:小松亜矢子です。

フリーライター/元ナース/元うつ病患者。福岡県出身、横須賀市在住。

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